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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)163号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡部行男、同吉永順作、同副代理人志村桂資の上告理由について

明治一一年七月二二日太政官布告第一七号郡区町村編制法は、一条において「地方ヲ画シテ府県ノ下郡区町村トス」と規定し、町村を行政区画の一つとして位置付けたが、個々具体的な町村につきこれを新たに創設するということはせずに、二条において「郡町村ノ区域名称ハ総テ旧二依ル」と規定し、江戸時代から存続した町村の区域名称を承継した。そして、郡区町村編制法に続く明治二一年法律第一号町村制は三条本文で「凡町村ハ従来ノ区域ヲ存シテ之ヲ変更セス」と規定し、さらに明治四四年法律第六九号町村制は一条で「町村ハ従来ノ区域二依ル」と規定し、現行の地方自治法も五条一項で「普通地方公共団体の区域は、従来の区域による。」と規定し、それぞれ、町村の区域については従来のそれを引き継ぐこととしている。したがつて、今日における町村の区域は、結局のところ、江戸時代のそれによるということになる。なお、以上の各法令は、一定の場合に町村を廃置分合し又は町村の境界を変更若しくは確定する手続を定めており、これらの措置がとられた場合には、それに伴い定まつた区域によることはいうまでもない。そうすると、町村の境界を確定するに当たつては、当該境界につきこれを変更又は確定する右の法定の措置が既にとられていない限り、まず、江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準として境界を確定すべきものと解するのが相当である。そして、右の区分線を知り得ない場合には、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界と定めるのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

1  上告人と被上告人とは、筑波山頂付近において境界を接している。上告人は茨城県真壁郡内にあり、被上告人は同県筑波郡内にあり、上告人と被上告人との筑波山頂付近における境界(以下「本件境界」という。)は、真壁郡と筑波郡との境界でもある。そして、真壁郡及び筑波郡の区域名称は、江戸時代のそれを承継したものであり、明治以降において、両郡の筑波山頂付近における境界、したがつて本件境界につき、これを変更又は確定すべき前記の法定の措置はとられていない。

2  筑波山の山頂は西峰の男体山、東峰の女体山の二峰に分かれているところ、補助参加人の前身の筑波山神社は、古来これら二峰を二柱の神として祀り、男体山頂に男神の本社、女体山頂に女神の本社を置き、筑波山頂付近に多数の摂社及び末社を配していたが、江戸時代においては、その別当寺である知足院(後に護持院と改号)の管理下にあつた。そして、知足院(護持院)が江戸時代にその寺領として領知権を有していた境内地は、筑波郡に属し、かつ、筑波山の南側山腹から北側山腹にまたがつていた。右境内地は、筑波山の北側山腹において、原判決末尾添付図面の(イ)点の三方境、(ロ)点のお迎石、(ハ)点の石重ねに及んでいたが、(イ)点の三方境は、筑波郡、真壁郡及び新治郡の三郡の接点をなし、筑波郡と真壁郡との境界の東端、したがつて本件境界の東端に当たる。そして、(イ)点と(ロ)点及び(ロ)点と(ハ)点の各間には境界を示すような物は存しない。また、右図面の(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)の各点にはいずれも巨大な自然石が存し、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)の各点の脇には男体山に向う尾根道が通じているが、右の尾根道は右の境内地の中か、少なくともその縁辺に位置する。右図面の(チ)点が上告人と被上告人との境界上にあること及び同点より西側の境界については、両者の間に争いがない。

原審の以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。そうすると、筑波山のうち原判決末尾添付図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)の各点を順次直線で連結した線より山上の地域は、江戸時代においておおむね筑波郡に属する知足院(護持院)の境内地としてその支配管理下にあり、それが明治以降も筑波郡の区域として承継されたものというべきであり、そして、明治以降本件境界を変更又は確定すべき前記の法定の措置はとられていないのであるから、原審の確定した右事実関係の下においては、本件境界は右図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)及び(チ)点の各点を順次直線で連結した線であることを確定するとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

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